2023年09月27日
TRUST★ ONE〜信じる道は一つ〜
JUPIAが終わって一週間ちょっと。
その全てが最高過ぎて完全なるジュピアロス。
JUPIAの事で書きたいことは山ほどあるけれどそれは次回から大切に書いていこうと思いますのでお楽しみに♪
もう9月も終わりかけているけどまだ夏の匂いがする内にどうしても書き残しておきたい事がある。
それはこの夏の出来事だ。

大原信一郎。
世田谷のバイク屋TRUST★ONE
この夏の8月8日に77歳で亡くなってしまった。
もう20年以上の付き合いになる。
その間の思い出についてはとても書ききれないし、それでいいと思っている。
でもそれは自分と大原さんの事に限らず誰でも20年以上心の根底で付き合っていたらそうだろう。
それでもハッキリ言えることは自分にとっては実の親父以上に怒られ、励まされ、共に走り、共に泣き、大笑いし、数え切れないほど酒を飲み交わした。
バイクの事はもちろん人生を教えてくれた人。

バイクがバックできないようにいつもロケットの様に前にしか進まない。
クヨクヨと後ろを振り返ること無く。
『だってしょうがねーじゃねーか!』
『知らねーよ!そんなこと!』
そんな口癖の語尾にはいつもガハハハと豪快な笑い声が続く。

気がつけばいつもそんな後ろ姿を追いかけていた。
常に豪快で自由に行動をする後ろ姿と言葉には必ず大きな愛と優しさがあった。
自分の事は二の次にして人のことばかり心配する。
Shovelを買ってまだビクビクしていた気持ちを日常の足の様に思わせてくれたのも大原さん。
同時にハーレーをハーレーしてだけではなくオートバイとしての厳しさをも叩き込んでくれた。
この背中を追いかけていなければ今こんな自由にShovelで出店旅は出来ていなかった。

20年以上共に走っていると当然自分たちもあの平和な時代を過ごしてきた。
毎年冬には山中湖の寂れた民宿でバイク屋の忘年会をやっていた頃は途中の酒蔵で濁り酒を5~6人で3升買っても民宿に着く頃には1升しか残っていないなんて事が普通の時代。
その中でも筆頭に無茶苦茶なバイク乗りだったな。

数年前に癌に侵されたと聞いた時の悲しみ。
それが発覚する少し前に大原さんはチョコという名の猟犬を家族として迎え入れていた。
最初の長い入院から戻ってきた時は皆で集まり嬉しくて泣いた。

『チョコの為にも10年後に必ず手渡しで返してくれないか?』
という約束で貸したヤバスタの想いも詰まったチマヨベスト。
まだまだ返して欲しくなかったけどこの夏に戻ってきてしまった。
じゃあしょ~うがないから共に旅に連れて行ってその集落ごとの風を嗅がせてやるかな。
誰よりも海岸線をバイクで走るのが好きだったから浜風が良いね♪

朝夕の散歩はもちろん店でバイクを直している時も寝る時も片時も側を離れなかった甘やかしまくられたチョコ。
コイツはもう受け入れることが出来ただろうか。
俺はこのブログを書いていると言うことはやっと前を向けているよ。

幸いな事にチョコは兄弟を飼っている同じバイク乗りの佐野君がすぐに引き取りに来てくれた。
これで俺たちも一安心だった。
この時には葬儀の日にちも決まっていて斎場が混んでいるために少し先になると。

話は変わるようだがその間JOHNNYさんと男二人旅で佐渡ヶ島へ渡った。
今だから言えるが亡くなった直後は中止さえ考えた。
いつも佐渡ヶ島から東京の小岩まで来てくれる漢に今度はこちらから逢いに行きたい。
そのJOHNNYさんの想いは
『逢いたい人には逢いたいと思うその時に逢いに行く』
それは大原さんの事とでリンクしていた。
何よりも人の事は気にするくせに自分の為に仲間が何かを我慢する事を誰よりも嫌い人だからだ。
やりたい事ややるべき事をやって笑っていなければまた怒られるのだろう。

最後のフェリーターミナルでの別れと再会の誓い。
毎回これには弱くセンチメンタルな気持ちになる。
帰りの新幹線の中でこの大原さんの出来事を聞いてもらった。
それを含めてこの旅の全てが最高だった。
そしてこんな時だからこそより一層心から共に旅が出来て良かったと感じたし確信した。
ありがとうございました!

葬儀にはモリヤンが撮った旅の写真がたくさん飾られた。
それぞれが数枚ずつもらって最後は寂しくならないように花と共に棺の中に敷き詰めた。
まぁ豪快な割にはさみしがりな男だしね。
自分も頂いてパネルにして一生飾っておくことにした。
その思い出と一緒に天に登った告別式が8月19日
その日にみんな気がついたのだけど偶然にもバイクの日だった。
亡くなる3日前までスパナを握り、最後の最後までバイク屋。
きっと空から
『77歳で8月8日で末広がりだな!最後はバイクの日って俺はとことんバイク乗りだったな!』
って笑っている。
もちろん語尾にはガハハ!豪快な笑い声が続く
そう噂しながら皆で空を見上げて泣きながら大笑いしたよ。

今月号のVIBESの巻頭にはモリヤンが撮った大きな背中の写真と同じくモリヤンが書いてくれたコラムが掲載されている。
やっと立ち直れてきたと思ったら素敵なコラムでまたこみ上げてきた。
これを載せたいと思ってくれたウメちゃんにも感謝。
このブログで使わせてもらっている写真もほとんどがモリヤン。
長く一緒にいていつでも逢えると思っていると逆に撮らないもんなんだなって反省した。
あらためて写真って素敵で大事。
モリヤンありがとうございます。

走る行き先もゴールも決めないロケットのような大男。
当然そんな人は終活などするはずもなく、事故で預けていた自分のShovelもフレーム修正が終わったままで止まったまま。
誰に伝言するわけでもなく、何かメモでも書き残した事も一切ないww
まったく〜この猛暑の真っ只中で喪服着させられるわ〜バイク何にも残してないわで〜
大原さんらしいわwwwww

でも安心して。
チョコはジャムと昔からそこに住んでいたかのように楽しくやっていたよ。
また様子見に行ってあげるからさ♪
事故の際も相手保険会社からも必死に守ってくれたShovelは一生乗り続けるよ。
そして前だけ見て強く生きるよ。
貴方が教えてくれたTRUST★ONE
大原信一郎
その名の通り。
信じる道は一つだった
また共に酒が飲める気がしてならない。
多摩川を渡れば当たり前にいるとしか思えない。
駄目だ。
やっぱりもう少し時間が必要だね。
でもこれからも共に走る事は出来る。
世界一大きな背中だった。
さようならは似合わないから言わない。
大原さん。
ありがとうございました!!!!
このブログを親愛なる 故大原信一郎 に捧ぐ
2023年 9月 27日 SUGAR
その全てが最高過ぎて完全なるジュピアロス。
JUPIAの事で書きたいことは山ほどあるけれどそれは次回から大切に書いていこうと思いますのでお楽しみに♪
もう9月も終わりかけているけどまだ夏の匂いがする内にどうしても書き残しておきたい事がある。
それはこの夏の出来事だ。

大原信一郎。
世田谷のバイク屋TRUST★ONE
この夏の8月8日に77歳で亡くなってしまった。
もう20年以上の付き合いになる。
その間の思い出についてはとても書ききれないし、それでいいと思っている。
でもそれは自分と大原さんの事に限らず誰でも20年以上心の根底で付き合っていたらそうだろう。
それでもハッキリ言えることは自分にとっては実の親父以上に怒られ、励まされ、共に走り、共に泣き、大笑いし、数え切れないほど酒を飲み交わした。
バイクの事はもちろん人生を教えてくれた人。

バイクがバックできないようにいつもロケットの様に前にしか進まない。
クヨクヨと後ろを振り返ること無く。
『だってしょうがねーじゃねーか!』
『知らねーよ!そんなこと!』
そんな口癖の語尾にはいつもガハハハと豪快な笑い声が続く。

気がつけばいつもそんな後ろ姿を追いかけていた。
常に豪快で自由に行動をする後ろ姿と言葉には必ず大きな愛と優しさがあった。
自分の事は二の次にして人のことばかり心配する。
Shovelを買ってまだビクビクしていた気持ちを日常の足の様に思わせてくれたのも大原さん。
同時にハーレーをハーレーしてだけではなくオートバイとしての厳しさをも叩き込んでくれた。
この背中を追いかけていなければ今こんな自由にShovelで出店旅は出来ていなかった。

20年以上共に走っていると当然自分たちもあの平和な時代を過ごしてきた。
毎年冬には山中湖の寂れた民宿でバイク屋の忘年会をやっていた頃は途中の酒蔵で濁り酒を5~6人で3升買っても民宿に着く頃には1升しか残っていないなんて事が普通の時代。
その中でも筆頭に無茶苦茶なバイク乗りだったな。

数年前に癌に侵されたと聞いた時の悲しみ。
それが発覚する少し前に大原さんはチョコという名の猟犬を家族として迎え入れていた。
最初の長い入院から戻ってきた時は皆で集まり嬉しくて泣いた。

『チョコの為にも10年後に必ず手渡しで返してくれないか?』
という約束で貸したヤバスタの想いも詰まったチマヨベスト。
まだまだ返して欲しくなかったけどこの夏に戻ってきてしまった。
じゃあしょ~うがないから共に旅に連れて行ってその集落ごとの風を嗅がせてやるかな。
誰よりも海岸線をバイクで走るのが好きだったから浜風が良いね♪

朝夕の散歩はもちろん店でバイクを直している時も寝る時も片時も側を離れなかった甘やかしまくられたチョコ。
コイツはもう受け入れることが出来ただろうか。
俺はこのブログを書いていると言うことはやっと前を向けているよ。

幸いな事にチョコは兄弟を飼っている同じバイク乗りの佐野君がすぐに引き取りに来てくれた。
これで俺たちも一安心だった。
この時には葬儀の日にちも決まっていて斎場が混んでいるために少し先になると。

話は変わるようだがその間JOHNNYさんと男二人旅で佐渡ヶ島へ渡った。
今だから言えるが亡くなった直後は中止さえ考えた。
いつも佐渡ヶ島から東京の小岩まで来てくれる漢に今度はこちらから逢いに行きたい。
そのJOHNNYさんの想いは
『逢いたい人には逢いたいと思うその時に逢いに行く』
それは大原さんの事とでリンクしていた。
何よりも人の事は気にするくせに自分の為に仲間が何かを我慢する事を誰よりも嫌い人だからだ。
やりたい事ややるべき事をやって笑っていなければまた怒られるのだろう。

最後のフェリーターミナルでの別れと再会の誓い。
毎回これには弱くセンチメンタルな気持ちになる。
帰りの新幹線の中でこの大原さんの出来事を聞いてもらった。
それを含めてこの旅の全てが最高だった。
そしてこんな時だからこそより一層心から共に旅が出来て良かったと感じたし確信した。
ありがとうございました!

葬儀にはモリヤンが撮った旅の写真がたくさん飾られた。
それぞれが数枚ずつもらって最後は寂しくならないように花と共に棺の中に敷き詰めた。
まぁ豪快な割にはさみしがりな男だしね。
自分も頂いてパネルにして一生飾っておくことにした。
その思い出と一緒に天に登った告別式が8月19日
その日にみんな気がついたのだけど偶然にもバイクの日だった。
亡くなる3日前までスパナを握り、最後の最後までバイク屋。
きっと空から
『77歳で8月8日で末広がりだな!最後はバイクの日って俺はとことんバイク乗りだったな!』
って笑っている。
もちろん語尾にはガハハ!豪快な笑い声が続く
そう噂しながら皆で空を見上げて泣きながら大笑いしたよ。

今月号のVIBESの巻頭にはモリヤンが撮った大きな背中の写真と同じくモリヤンが書いてくれたコラムが掲載されている。
やっと立ち直れてきたと思ったら素敵なコラムでまたこみ上げてきた。
これを載せたいと思ってくれたウメちゃんにも感謝。
このブログで使わせてもらっている写真もほとんどがモリヤン。
長く一緒にいていつでも逢えると思っていると逆に撮らないもんなんだなって反省した。
あらためて写真って素敵で大事。
モリヤンありがとうございます。

走る行き先もゴールも決めないロケットのような大男。
当然そんな人は終活などするはずもなく、事故で預けていた自分のShovelもフレーム修正が終わったままで止まったまま。
誰に伝言するわけでもなく、何かメモでも書き残した事も一切ないww
まったく〜この猛暑の真っ只中で喪服着させられるわ〜バイク何にも残してないわで〜
大原さんらしいわwwwww

でも安心して。
チョコはジャムと昔からそこに住んでいたかのように楽しくやっていたよ。
また様子見に行ってあげるからさ♪
事故の際も相手保険会社からも必死に守ってくれたShovelは一生乗り続けるよ。
そして前だけ見て強く生きるよ。
貴方が教えてくれたTRUST★ONE
大原信一郎
その名の通り。
信じる道は一つだった
また共に酒が飲める気がしてならない。
多摩川を渡れば当たり前にいるとしか思えない。
駄目だ。
やっぱりもう少し時間が必要だね。
でもこれからも共に走る事は出来る。
世界一大きな背中だった。
さようならは似合わないから言わない。
大原さん。
ありがとうございました!!!!
このブログを親愛なる 故大原信一郎 に捧ぐ
2023年 9月 27日 SUGAR
2023年09月12日
JUPIA CAMP 2023~平田村の大地で会いましょう~

今年もやって来たこの季節。
去年の帰り道から一年間楽しみにしてた位のイベント。
JUPIA CAMP 2023
言わずと知れたジュピアキャンプ。
今週末の9月16日、17日
場所はいつものジュピアランドひらた

VM含めて年間さまざまなイベントに出店していますが、自分はダントツこのJUPIA CAMPが一番好き。
場所、雰囲気はもちろんですが、人を楽しませようとするイベント自体の完成度。
ジュピアキャッツやKRARAベリーダンスを筆頭に全てのステージが熱くて楽しい。
それでいて温もりや親しみを感じるステージ。
そして何よりもスタッフを始め、共演者、参加者の人柄だろう。

今年は何とジュピアキャッツは2回??
これはスペシャルですね!
参加される方は早めに来た方が良いですよ~

去年やらせて頂いた雰囲気。
この木の下は最高だったな~♪
今年はシャベルが修理中なのでスポーツスターに夢とロマンを積んで行きます。

夜はいつもの様にキャンドルを焚いて酒を飲み交わしましょう。
ここでしか会えない人、ここでしか味わえない幸せな時間。
その全てが楽しみでならない。

自分もまだやる事があるけど、この日を楽しみにやるべき事をやって来たつもり。
後は最終仕上げと確認しながら旅の準備を始めよう!
佐渡ヶ島からも参加してくれるらしいので気合いも入る。

このJUPIA CAMPがそうであるように、自分もこのイベントを楽しみにしている一人ではあるが何よりそんな人達を楽しませる側だと思っている。
もちろん商売であり出店者であるが演者の一人でありたい。
『やっぱりJUPIAだよな~』 って声を聞くと、スタッフじゃないのに嬉しく思ったりする。
だから今年も華坐の精神で変わらず地べたで待っています。
今年も平田村の大地で皆さんと会えるのを楽しみにしています。
PS
今年のJUPIAの夜も長いよ~。